
役を役者に寄せるのではなく、役者が役に寄っていく作り方
『イロアセル』作・演出の倉持は、現状の商業演劇におけるキャスティングが「知名度や集客力」という基準で行われていることが多いとし、「でも、そういう方法に偏ってしまうと、その時に旬な俳優を選ぶことになるので、結果、(どの作品も)似た俳優ばかりになってしまう」と指摘。元々、フルオーディションに興味を持っていたという倉持は、フルオーディション企画の第1弾として新国立劇場で上演された『かもめ』を鑑賞し、「役を役者に寄せるのではなく、役者が役に寄っていく作り方をしているのを感じました。余計なことを考えず、フラットに作品を観ることができて、それは当たり前のことなんだけど、新鮮に感じました。普段、有名な役者の芝居を観ることが多くて、(自身が)役者への批評みたいな目線で見ることが多かったと気づきました」と自省を込めつつ、フルオーディションだからこその“作品本位”による作り方のメリットを口にする。 一方で、実際のオーディションでは選考に頭を悩ませる部分も多かったよう。「やってみたら大変でした(苦笑)。死ぬ気で役を獲りに来ている人間のエネルギーはすごいです。普段は頭の中で決めるんですが、オーディションだと役者が発信してくれるので、想定外のことがたくさん起こって楽しい経験でした。最終審査になるにつれて、甲乙つけがたい役者が増えて、『どっちもいい。でもどっちか決めないと……』となってくる。この人を選ぶなら、(こっちの役は)この人も……という組み合わせが出てきて、作品の方向性をオーディションの段階で決めないといけなくなるんですね」とつらい決断を振り返った。 物語の舞台はある島。そこで暮らす人々が発する言葉には独自の“色”がついており、誰が何を話したかがすぐに特定されてしまう。ところが、島民たちが自分の言葉に色がつかない手段を手に入れたことで、これまで覆い隠されてきた人々の本音や人間性が露わになっていくさまが描き出される。 10年前に新国立劇場での上演のために倉持が書き下ろした戯曲であり(※10年前は鵜山仁が演出を担当)、SNSをはじめとする匿名の書き込みが持つ特異性を鋭く問う本作。倉持は「(初演から)10年が経って、コロナもあって匿名の言葉が塊になって一方向にドンと進んだりして、偏りがすごいし、“敵”を見つけたらそこを攻めていくという現象も激しくなっている。権力の側も、その匿名の言葉の塊を利用するようになっているのを肌で感じますし、これはいま、やることで感じることがあるんじゃないかと思いました」と物語が持つ“現代性”についても言及した。
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