京都大学在学中に狩猟免許を取得して猟師になった千松信也の日常を追う映画『僕は猟師になった』。2018年にNHKのドキュメンタリー番組「ノーナレ」で放送されて大反響を呼んだ映像を基に、およそ300日にわたる追加取材を敢行し、俳優・池松壮亮のナレーションを加えた劇場版だ。大の動物好きで獣医になりたかった少年が、大人になってなぜ獣の命を奪う道を選んだのか――。京都で暮らす本人にオンラインで取材し、撮影にまつわるエピソードや、コロナ禍での暮らしの変化について聞いた。
2018年4月にNHKの「ノーナレ」で千松信也の日常に密着した「けもの道 京都いのちの森」が放送されるや、再放送の要望が1100件を超えるという異例の反響を呼んだ。直径わずか12センチの手製の「くくりわな」で捕らえたイノシシやシカを、棒などで殴打して気絶させ、馬乗りになってナイフでとどめをさす。時には息子とともに獲物をさばき、心臓から骨の髄まで余すところなく食べ尽くす――。日々、京都の山の中で命と真剣に向き合う千松の行動には、「残酷」という非難をはるかに超える、「憧憬」の声が多く寄せられた。
見せるなら狩猟のすべてを
——ドキュメンタリー番組で取り上げられることに興味がなかったそうですね。
「2008年に『ぼくは猟師になった』という本を出した後に、2回ぐらいテレビの取材を単発で受けたことがあるんです。いざ出来上がったものを見たら、都合のよい部分だけを切り取って、動物の命を奪うシーンがばっさりカットされていて。ここが狩猟の根幹というか、全体の流れの中で本来なら外すべきではないところです。それが、『獲物がわなに掛かりました』の後、いきなり宴会のシーンになっていた。これでは自分のやっていることは伝わらないんじゃないかなと。それで出演には消極的になったんです」
——その後、NHKの密着取材を受けられたのは、制作側の熱意を感じたからですか。
「単なる猟師の暮らしではなく、僕がどんな考えで、日本の山や自然や動物と向き合い、猟をしているのかも含めて映像化したいと。僕が他の番組で経験したことも伝えたら、『狩猟の場面も責任を持って全部出します』と言ってもらえたので、『じゃあ、久しぶりに引き受けてみるか』と、ついうっかり(笑)」
——「ノーナレ」の反響が今までと違うことは、ご自身も肌で感じられたんですか。
「番組を観た全国各地の猟仲間から『よく引き受けたな』とか『よくあそこまで出したな』と言われました。当事者が驚くくらい、すべて包み隠さず出していたということですよね。その反応を見て、今回はちゃんと撮ってもらえたのかなと感じました」
——「よくあそこまで」というのは?
「あそこまで出したら、抗議の電話が殺到するんじゃないかという意味です。普通はみんな仕留める場面を撮られるのは嫌がるんです。僕より上の世代や、田舎に住んで猟をやっている人たちは、『都会の人に見せたら、動物愛護団体からすぐにクレームがくる。無理して見せる必要はない』というタイプが主流なんですよね。でも僕は猟師の中でも変わった発想で、狩猟について知ってもらうためには、全部見てもらった方が、誤解が少なくなると思っています」
——今回、追加取材を行い、長編にしたいと聞いたときは、どう感じましたか。
「正直、『え、まだ続くの!?』という気持ちだったんですが(笑)、一度引き受けた以上は作り手側がやりきったと思えるくらいまでやってもらう方がいいのかなと思って、受けることにしたんです。でも振り返ってみると、もはや密着されることが日常になりかけていたような感覚だったかもしれません」
——確かに千松家のホームムービー的な要素もありますね。日常生活をカメラで撮られることに抵抗はなかったですか?
「家族の反応は、あまり出たくないとか、俺をもっと出せ、とさまざまで(笑)。それよりも山の中に撮影班が入ることによって、狩猟に支障が出ることの方が心配でした。人の臭いで動物に警戒されたり、痕跡を消したりしてしまう恐れがありましたから」
獣医を志した少年が猟師になった理由
子どもの頃から動物が大好きだったという千松。獣医を目指していたが、それをあきらめたのは、高校に進路届を出す当日だったという。車にひかれた猫を助けられなかったことが心に引っ掛かり、「やっぱり自分は獣医に向いていない」と文系にコースを変え、民俗学を学ぶために京都大学へ進んだ。
「高校生ぐらいまでは、人間とは関わりたくない、山奥か無人島で動物とだけ関わって暮らしたいとまで考えていたんです。普通の高校生活を送っていたんですが、京大の吉田寮に入っていろんな人たちと出会い、人間にも変わった奴がいて面白いなと思い始めた。朝まで酒を飲んで話もしたし、仲間とめちゃくちゃ触れ合った。それでちょっと人間を見直したんです(笑)。休学して、バックパック一つでアジア各地を放浪していた時期もありました」
——少年時代の夢と今の生活には、矛盾がないとも言えませんが……。
「以前から、肉を食べるときになんとなく負い目を感じたんです。僕らはお金を払う代わりに、嫌なことをすべて他人任せにして、肉をおいしいと食べている。それでいて『動物が好き』と言うことに違和感があった。でも学生時代にわな猟を始めてみたら、モヤモヤしたものがやっと晴れたような気がしたんです。ちゃんと目を見て獲物の命を奪い、その肉をいただくことで、負い目から解放され、どこか楽な気持ちで動物と向き合えるようになりました。子どもの頃、動物園の飼育係や獣医に憧れた僕が猟師になるということは、傍から見たら命を助ける側から命を奪う側になり、180度違うように見えるかもしれません。でも僕からすると決して反対方向に進んだわけではなくて、あくまで同じ方向を向きながら、違う関わり方を選んだだけなんです」
——そんな生き方が映画からも伝わってきます。狩猟をしているときは、動物たちと知恵比べをしている感覚でしょうか。
「わなを仕掛けて山に見回りに行くと、前夜にイノシシが来た痕跡がある。すぐ近くまで足跡が続いているけど、ギリギリでUターンしていたりするのが分かるんです。ここでバレたから、少し変えてこっち側にも、とわなを仕掛けると、その夜に再び来て、さらに手前で引き返していたりする。だったら今度は、そろそろシイの木のドングリが落ち始めるから、あいつが食べに行く前に、あのけもの道に仕掛けてやるかと……。まさに知恵比べですね(笑)」
——道具を使う人間の方が有利ではないかと思いがちですよね。
「身体能力とか嗅覚は動物にまったくかなわない。互いの特性を生かして競い合っている感じなんですよ。もともと人間以外のあらゆる動物は、知恵を絞って自分の食べ物を得ているわけです。僕も狩猟をしている間はそれに近い感覚で、動物たちの仲間入りをさせてもらっている。山の中にいるときだけは、生態系の一員のような気持ちになれるんです」
コロナ禍で見つめ直したこと
運送会社で週3~4回働きながら、家族で食べる分だけを狩猟で賄う千松の暮らしは、街と山の境で両方の恩恵を享受する独特のスタイルだ。新型コロナウイルスの脅威によって、旧来の生活様式の見直しが叫ばれる中、千松家もまた、これまでとは違う生き方を考える局面にあるのだろうか。
「街と山の暮らしのウェイトを改めて見直す機会にはなりましたね。コロナ禍では、街では手を消毒しなければいけませんが、山に入るときは消毒液の臭いを完全に落とさないと獲物に気付かれてしまうんです。また、臨時休校の期間は特に、山に家があることの良さを実感できました。同じ学校に通う子どもたちは、近所の公園で遊んでいて怒られたとか、家でゲームをするしかなかったと聞いています。うちの子たちは3カ月もの間、夏休み中と違って、虫刺されや熱中症の心配もなく、過ごしやすい気候の下で、本当に楽しそうに山で過ごしていましたから」
——映画では、下のお子さんが初めてナイフを持ち始めた時期でしたが、今はさらに使いこなせるようになったんですか?
「獲物の解体はそれなりに上手になりました。上の子(中学1年生)は人に教えられるくらいにはなったかな。下の子は一度ナイフでざっくり手を切ったことがあって、恐怖症になっていたんですが、今はまた『やっぱりやる』と言っています」
——やはり将来はお父さんのような猟師になりたいと?
「いや、この前聞いたら上の子は『獣医』で、下の子は『パン屋になる』って言っていました(笑)。僕自身、親が狩猟をしていたわけではないですからね。僕の教育方針としては、周りの子どもたちがやっていることは何でもやらせてあげようと。家ではゲーム機で遊んでいるし、テレビも普通に見せています。いろんなことをやっていく中で、興味があることをやってくれるのが一番いいかなと。僕自身、基本的には全部自分で決めてきて、親に言われて何かをしたことが一切ないんです。それだけのびのびやらせてもらったからこそ、こうして自分が納得できる暮らし方ができていると思っています。もちろん子どもたちから狩猟をやってみたいと言われれば、いくらでも教えますが、あえてこれをやれと言う気はないです。とはいえ、獲物の解体はうちにとって家事みたいなものなので、手伝わせてますけどね(笑)」
聞き手・文=渡邊 玲子
作品情報
- 語り:池松 壮亮
- 出演:千松 信也
- 監督:川原 愛子
- プロデューサー:京田 光広/伊藤 雄介
- 製作:NHKプラネット近畿
- 配給:リトルモア/マジックアワー
- 製作国:日本
- 製作年:2020年
- 上映時間:99分
- 公式サイト:www.magichour.co.jp/ryoushi
- 8月22日(土)ユーロスペースほか全国順次ロードショー
予告編
"だから" - Google ニュース
August 29, 2020 at 07:10AM
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