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Friday, July 10, 2020

【連載小説】実家に戻った坂口の事が気になる茅森は――。 緑瞳の少女と寡黙な少年の恋が世界を変える物語! 河野 裕「昨日星を探した言い訳」#5-5 - カドブン

河野 裕「昨日星を探した言い訳」

※本記事は連載小説です。

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 だが僕たちの計画は、変更を余儀なくされる。
 予定日の三日前──七月四日の朝早くに、寮の電話がなった。白雨寮の電話機は玄関近くの廊下の窓辺に置かれていた。僕は受話器を片手に、その窓かられいに晴れた青空をみあげて、父さんの感情を抑えた声を聞いていた。
 意外な話ではなかった。すでに覚悟していたことだった。
 それは祖母の危篤を伝える電話だった。
 青空を小舟のような、輪郭のはっきりとした雲が、東に向かって流れていた。
 僕は電話に向かって、すぐに戻るよと答えた。

6、茅森良子

 坂口孝文が制道院を離れた七月四日は、土曜日だった。
 その日、私は生徒会室でいくつかの資料を作成していた。とくに急ぎの用があったわけでもないのだけれど、なんだか気持ちが落ち着かなくて、それで簡単な作業で手を動かしていることにした。
 同席していたのは、私と同じように雑務の類を片付けるためにやってきたひとりだけだった。桜井真琴。私が頼んで、彼女には書記を引き受けてもらっている。
 桜井は難しい顔をして机に向かっていたけれど、右手に握ったペンはもうずいぶん動いていなかった。目の前のプリント用紙をみつめたまま彼女は言った。
「坂口くんの、お様のことは知ってる?」
 いえ、と私は短く答えた。お祖母様なんて言い回しを実際に聞くとは思ってもいなかったから、そのことに少し気を取られたけれど、彼女の家庭では違和感のない言葉遣いなのだろうか。だが私も、清寺さんの奥様は「奥様」と呼ぶ。そう大きな違いはない。
 桜井は続ける。
すいぞうを悪くして、冬の終わりごろから入院されていたみたい」
「そう。よく知ってるね」
「坂口くんのお祖母様も私の父も、制道院の出身だから。そういう話って、すぐに広まるのよ。あの人たちは体調と、子供たちの進路くらいしか話題がないから」
 桜井が誰を指して「あの人たち」と表現したのか、正確にはわからなかった。でもおそらく彼女の父親を含む、ある種の大人たちなのだろう。
 彼女は手元の資料から顔を上げてこちらをみた。
「坂口くんは、お祖母様とあまり仲がよくなかったみたい。聞いてる?」
「まったく」
 そもそも坂口に祖母がいたことも知らなかった。そりゃ、亡くなっていなければいるのだろうけれど、私には両親さえいないものだからあまりイメージができない。
 なかなかに繊細な話題ではないか、という気がしたけれど、私は素直に尋ねる。
「どんな風に仲が悪かったの?」
 純粋に興味があったし、桜井の方もこの話をしたがっているように感じたのだ。
 なのに彼女はつれない様子で答える。
「私もそんなに詳しいわけじゃないよ。坂口くんからお祖母様の話を聞いたのは、小学生のころだし」
「でも少しは知ってるんでしょう?」
「なんていうか、怖い人だったみたい。要するにしつけに厳しくて、坂口くんの交友関係なんかにもいちいち注文をつけて」
「じゃあ当時知り合っていれば、私はずいぶん嫌われたんでしょうね」
「たぶんね」とつぶやくように答えてから、桜井は言いづらそうに続けた。「なんにせよそのお祖母様は、坂口くんが小学四年生のころに介護施設に入ったんだって」
「そう」
「そのとき、彼が言ってたのよ。安心したって」
 あまり聞いていたい話ではなかった。
 桜井が好んで口にするタイプの話題だとも思えなかったから、私はペンを置いて、彼女に尋ねる。
「つまり、なにが言いたいの?」
「なにって」
「なんだって思ったままを素直にしやべるのが貴女あなたの美点でしょう」
「馬鹿にしてる?」
「まったく。本心から美点だと思っている」
 制道院にいると──さすがに高校生になると、他の学校でもそう変わりはないだろうが──相手の胸のうちをあれこれ探り合うような手間が生まれるものだけれど、桜井が相手であればそういった面倒事がない。気に入らないことは気に入らないのだとそのまま言葉にしてくれる。だからこちらも比較的素直な言葉を口にできる。
 桜井は言った。
「介護施設にいるお祖母様のことを話すとき、坂口くんは少し寂しそうだったよ。そのことを思い出しただけ」
 なるほど、と私は答えた。
 私は肉親というものをよく知らない。清寺さんと彼の奥様には多大な恩も感謝もあるけれど、私の親だとは思えない。強いていうならわかくさいえの職員が親代わりではあったけれど、やはり彼らとの関係も、血の繫がりとは違うものだったのだろう。
「貴女はどうなの? 家族とはみんな、仲がいい?」
 そう尋ねると、桜井は顔をしかめた。
「弟は少し面倒。なんだかすごく馬鹿にみえる」
「嫌いなの?」
「そうでもないけれど」
「というか、弟がいたのね。会ってみたいな」
「どうするのよ? あんなのに会って」
「さあ。昔の貴女の話でも聞こうかな」
 なんとなくの思いつきではあったけれど、それはそれで面白そうではある。
「ぜったいに止めて」
 と桜井がこちらをにらむ。
 そういえば坂口にはふたりの妹がいるらしい。できるならそのふたりとも話をしてみたいものだ。家庭で「お兄ちゃん」をしている坂口というのは、想像もつかないから。
 話はこれでおしまいだ、という気がしていたけれど、違った。
 桜井は、机の上のプリント用紙に視線を戻して、続ける。
「ケンカしてるの? 坂口くんと」
 私は苦笑する。去年の夏までは、私と坂口は対外的にも「仲の良いクラスメイト」だったものだから、傍目にはあるときからなかたがいしたようにみえるだろう。
「秘密」
 と私は応えた。
 彼との関係を表す言葉を私は知らないから、他に答えようもない。
 ──坂口が制道院に戻ってきたとき、私はどんな風に声をかければいいだろう。
 彼の「お祖母様」は無事だろうか? こんな風に思い悩む相手というのも、これまでの私の人生にはいなかったのだ。

 だが週が明けても、坂口は戻ってこなかった。
 土曜のうちに彼の祖母は亡くなったそうだ。
 坂口家は大きな家だから、翌日にすぐ葬儀というわけにはいかず、通夜が日曜、告別式が火曜になったと聞いた。坂口が制道院に戻るのは早くても水曜になるだろう。そう思っていたけれど、どうやら違うようだ。
「葬儀のあと、すぐこちらに戻るそうだよ」
 となかがわ先生が言った。
 月曜日の放課後のことだった。
 私はすでに図書委員ではなかったけれど、時間があれば図書館にいる彼女の元を訪ねるのが習慣になっていた。
 中川先生は湖畔に風が立てた波のように、同じ速度で、抑えた声で話す。
「彼は繊細な子だから、色々と思うこともあるだろう。もう少しゆっくりしてくればよいのにね。私の身勝手な考えじゃ、十代のころの悲しみというのは大切に扱ってほしいよ。傷つくたびに足を止めていられる時期は、どうしたって限られているんだから」
 素直な気持ちで、私は首を横に振った。
「歩きながらだと悲しめないわけじゃないでしょう」
 清寺さんが死んだ夜、私は普段通りに問題集を開いた。制道院でトップを取るための勉強の最中だったからだ。あの夜のことは、間違いなく私の血肉になっている。もしも問題集のテキストがなにひとつ頭に入っていなかったとして──もうよく覚えていないけれど、その可能性はずいぶん高いように思う──それでも本当に苦しいとき、次の一歩を踏み出す練習にはなったはずだ。あの夜でさえ問題集のページを開いたのだ、という記憶に、励まされたことが何度もある。
 中川先生は、なんだか悲しげにもみえる風に眉を寄せて微笑した。
「誰もが君のようではないよ。いつだって同じ場所を睨み続けているような、強固な意志を持てる学生なんて、どれほどもいない」
「でも彼は坂口です」
 中川先生がいう通り、私は同年代の中ではずいぶん意志が強い方だという自信がある。純粋な頭の良さを比べれば、私はいちばんではないのかもしれない。まったく同じだけ机にかじりついていたなら、テストの点が私を上回る生徒は制道院にも何人かいるだろう。それでも実際に最高点を取るのは私だ。これまでの私のすべてが、努力を止めることを許さないから。
 でも、坂口孝文。彼にだけは、勝てないかもしれない。坂口は前提のようなものが私とは異なるのだろう。違う視点で現実をみていて、そしておそらく、彼の方が良い視界を持っている。
 私がそのことに気づいたのは、昨年の選挙戦だった。私は紅玉寮以外のすべての寮に負けを認めさせ、立候補者をひとりも出させずに勝利した。私の勝ちはずいぶん前から決まっていた。でもひとりだけ、敵になり得る生徒がいることに気づいた。
 もしも昨年の春、坂口が紫雲寮に入り、生徒会長に立候補していたなら、おそらく私は勝てなかった。この数年で力を増した紅玉寮の全面的な協力を得ても、紫雲に加えて清掃員たちを味方につけた彼には票数で及ばない計算だった。
 以前、冗談めかした口調で、坂口は言った。
 ──実は制道院に入ったばかりのころは、生徒会長を目指そうかと思っていたんだよ。白雨から生徒会長が出るのは痛快だろう?
 きっと坂口はそのために清掃員を組織した。
 そして、もしも坂口の気が変わっていなければ、彼は目標を成し遂げていたのではないだろうか。昨年の時点では、坂口が白雨から立候補してもやはり紅玉を味方につけている私の方が上だっただろう。でもより早い段階から動かれていたらわからない。坂口が清掃員を組織したのは中等部一年のころなのだから、時間は充分にあったはずだ。
 中川先生はわずかに首をかしげてみせた。
「君たちが羨ましいよ。尊敬し合っているようにみえる」
 私は頰が熱くなるのを感じた。いくつかのことを思い出したからだ。出会ったばかりのころに、坂口に向かってライバルという言葉を使ったことだとか。図書館の物置きで泣いていたときに彼に言われた言葉だとか。拝望会の夜、ハイクラウンで買収されたときの心境だとか。
 私はずっと、同年代の誰かひとりを尊敬したかった。私が夢想する美しいものを押しつけられる相手を求めていた。そして私は今、坂口孝文を尊敬している。
 なんだか照れてしまって、口早に私は尋ねた。
「中川先生には、尊敬できる人がいないんですか?」
 変わらず心地よく聞こえる、軽い口調で彼女は答える。
「いるよ。もちろん。清寺さんもそのひとりだ」
「他には?」
「何人か。でも身近にはいない。距離というのが、きっと重要でね」
「離れていた方が良い、という意味ですか?」
 違うよと先生は、かすかに首を振った。
「近づけば近づくほど、相手の色々な面がみえてしまうでしょう。話に聞くだけの歴史上の偉人を尊敬することは簡単だけれど、知り合ってしまうと話が違う。教師を尊敬できても、友人になると難しい。恋人になるとなおさらで、もしも結婚なんてしようものならどうしようもない。みえないところを埋めていた幻想が、みんな誤りだったと証明されていく。だから身近な人を尊敬できるのは、本当になことだよ」
 思えば、中川先生はいつだって距離感というものに注意を払っている。どれだけ親しくしていても、あくまで教師と生徒としての線引きが守られる。彼女の方からは、決してその線を踏み越えてこない。
 これまではずっとそうだった。でも彼女の、次のひと言は、その線を越えるものだったように思う。
「私は友人の辺りでつまずいた」
 と中川先生は言った。
 先生には、尊敬したくてもできなかった相手がいるのだろうか。
「どんな人を、尊敬したかったんですか?」
 先生は自然な口調で私の質問をはぐらかした。
「誰であれ、尊敬できる方が良いと思うけどね。ずっと同情している人はいる」
「同情」
「私にとって自明のことを、どうしてもわかってもらえないんだよ。そんなとき、君と坂口なら、答えは簡単だろう?」
 うん。とても簡単だ。
「わからないことは、丁寧に説明すれば良いのだと思います」
 私と坂口はあのトランシーバーで、いつまでだって話し合うことができる。昨日伝わらなくても今日、今日伝わらなくても明日。私たちは、互いを理解することを、放棄しない自信がある。
 まったくだね、と先生は笑う。
「でも簡単なことほど、言葉で伝えるのは難しかったりもする」
「どんな、簡単なことを伝えたいんですか?」
 先生は珍しく、湿り気を帯びた重たい表情で笑った。
「いつだって私が望んでいるのは、たったひとつだけなんだよ。生まれだとか、目の色だとか、性別も。そういった属性じゃなくて、私の前に立ったなら、あくまで私という個人を相手に話をしろというだけなんだ」
 私には中川先生の言葉の意味がよくわかった。それはたしかに、私たちにとっては自明のことで、けれど伝わらない相手には決して伝わらないことも知っていた。だから私はイルカの星を探し続けていた。すべての属性が意味を失った星の、綺麗な物語を。
 冗談のつもりで告げた。
「なら私たちのことを、好きなだけ羨んでください」
 でもそれは、少しも冗談になっていなかった。イルカの星と同じものを、私と坂口のあいだには築けるはずだと信じているから。
 中川先生は綺麗に笑って、「そうするよ」と答えた。

 火曜日の休み時間に、意外な来客があった。
 名前を呼ばれて廊下に出てみると、そこにいたのは綿貫だった。
 彼とはいまだに、それほど親しいわけではない。廊下でみかければ挨拶を交わすけれど、彼の車椅子を押したこともない。
 彼は言った。
「鍵はどうする?」
 職員室に忍び込む計画のことだろう。あの計画は、もちろん延期になるものだと思っていた。「イルカの唄」の脚本を探しているのは私の都合なのだから、無理に坂口を巻き込む必要はないが、血縁者を亡くして学校を離れている彼をおいて話を進めるのも違うのではないか。
 だが綿貫の方は、計画を止めるつもりはないようだった。
「ダミーの鍵はここにある。君にやる気があるのなら、放課後に職員室で」
 どこか不機嫌そうな顔つきで、彼はそう言った。

幕間/二五歳

茅森良子

 あの日、時計の針がどうして反対に回ったのか、ようやくわかった。
 坂口孝文がどんな風に私を裏切ったのか、理解した。
 結婚披露宴からの帰りの電車で、「一般的な時計が右に回る理由」を調べたすぐあとにはもう、説得力のある推測が思い浮かんでいた。その確認のために、橋本さんに一度だけ連絡を取った。彼女はもうイルカの星の結末を隠しはしなかったし、私も簡単に後半部分の概要を聞くだけにとどめた。代わりに、ランチの約束をした。
 彼女に対するネガティブな感情はまったくなかった。怒りもいらちも的外れで、どちらかというと、共感と同情を覚えていた。
 私が許せないのは坂口孝文だけだった。
 私が心から嫌う相手は、彼のほかに誰もいなかった。
 長いあいだずっとその感情を押し殺そうとしてきたけれど、でも、もうそんな必要もない。はっきりと彼を嫌う理由ができたから。
 やっぱり坂口は、私を馬鹿にしている。見下して、つまらないカテゴリに当てはめて、身勝手な同情をしている。
 あの日から八年後──私が二五歳になるときに、答え合わせをしようと坂口は言った。
 だが、もう答えはわかっている。
 私が望んでいるのは、彼の間違いを指摘することだけだ。

 久しぶりに坂口の名前を聞いたのは、今年の初めにあった、制道院の学友会の集まりだった。
 学友会の会長とは、最近はそれなりに仲良くしている。少なくとも顔を合わせたなら、互いに笑顔で世間話をする程度には。あの人はまだ私のことを認めているわけではないように思うが、制道院から著名人が出ること自体は歓迎している。将来有望な若い政治家というのはその筆頭で、私はまだまだ政治家を名乗れる立場ではないけれど、でも彼の青田買いのリストの末席には名前を加えてもらえたようだった。きっと私が荻さんに近づいたときの思惑に似た考えなのだろう。つまり、当たり前に成功する相手に手を貸してもうまみは少ない。不利な相手を勝たせた方が、ずっと多くの恩を売れる。
 学友会の会長は坂口の祖母と親しかったようで、それで自然と、彼の話になった。
 坂口は、大学では法学部に進み弁護士を目指しているらしい、と人づてに聞いていたけれど、卒業後はけっきょく実家の会社に就職したそうだ。私たちが高等部の三年生だったころにあった、大きな震災の影響もあるのだろう。あれで坂口の会社は、東北にあった製紙工場に大きな被害を受けた。それで坂口家が傾いた、というほどでもないようだが、多少は危機感のようなものを感じたのだろうと思う。
「勤勉な子だよ」と学友会の会長は言った。「けっきょく、司法試験には受かったそうだ。あの子はいずれ、家を離れるつもりなのかもしれないね」
 彼は坂口が気に入っているようだった。
 坂口の話をするときには、孫を自慢するような、温かな表情を浮かべていた。
 私も、とくに苦労もなく笑って答える。
「でも彼は頑固ですから。一度、親の会社の力になろうと決めたのなら、それをやり切るでしょう」
「そうかな」
「はい。私は、彼がなにかを投げ出したところを、一度しかみたことがありません」
 その、たった一度だけ投げ出したものが、私だ。
 私の一七歳の誕生日に、彼は私に背を向けて立ち去った。イルカのレリーフがついた時計とひと箱のハイクラウンを残して。
 学友会の会長は、柔和に笑ったまま続ける。
「なんにせよ、変わった子だよ。勤勉さというのは野心を伴うものだ。誰だってそうだ。野心がなければ継続もない。でも孝文くんには、不思議とそれを感じない」
 私は微笑むだけに留めたけれど、内心では首を振っていた。
 坂口にだって野心はあるだろう。それを隠すつもりもないだろう。でも、傍目には彼の野心が、野心にはみえないだけだ。彼の反抗はとても静かだから。静かに、大きなものを望んでいる。あの夏、彼はもしかしたら私よりも熱心に、イルカの星を探していた。あくまで寡黙なままで。
 それから学友会の会長と、少しだけ私の近況の話をした。
 次の衆議院選挙は今年の秋ごろになるのではないかと噂されている。だが今のところ、立候補の予定はない。清寺時生が養子に迎えていた娘が政治家を目指しているらしい、という話は多少の話題にはなっているけれど、充分な知名度があるとはいえず、ひとりきり戦いを挑んでも勝ち目はない。
 現在の私は、ある政治家の秘書として勉強させていただいている、という立場で、先生からはしばらく我慢しろと言われている。私もいきなり衆議院で勝つほどの高望みはしておらず、今は県議会を目指して準備を進めていた。二〇代で県議会議員というのも簡単ではないけれど、前例はいくらでもある。そして県議会であれば、学友会とのコネクションが大きな意味を持つ。彼らにかつてほどの力はないとしても、それでも。
 私は学友会の会長に、いくつかの具体的な相談をして、基本的には快諾をもらった。
 彼は別れ際に、もう一度坂口の名前を出した。
「孝文くんに、君をよくみておくようにと言われているんだよ」
 私は、きちんと笑っていられたはずだ。おそらく。
 たしかによくみるとなかなか面白い、と言い残して、会長は私の前から立ち去った。

「もしも貴方が、時計の意味を説明していたなら、どうなっていただろう」
 と私は言った。
「そのことを、今もまだ考えている」
 一方的にそう告げて、トランシーバーの電源を切る。それから、顔をしかめた。
 久しぶりに聞いた坂口の声は、私の記憶となにひとつ違いはしなかった。多少の緊張はあったように思うけれど、それでも、夜になるたびに同じ周波数で語り合ったあのころの彼のままだった。
 ──私はきっと、誤解なく坂口を理解している。
 すべてではなかったとしても、彼の本質的なところを。
 八年前だってそうだった。私から彼への思いに間違いはなかった。でもあちらはそうではなかった。だいたいが正確でも、本当に大切なことを、あいつは見落としていた。今だって。
 おそらく坂口は、間もなく生徒会室をあとにするだろう。私を探して、まず向かうのは図書館か、それとも校庭の片脇にある東屋か。でも私は、そこにはいない。簡単には会ってやらない。こちらは八年間も待たされたのだから、多少のわがままは許して欲しい。
 彼との、再会の時間は決まっている。
 イルカの時計が五時四五分を指す時間。
 それは現実の時計では、午後六時一五分だ。

#6-1へつづく
◎第 5 回全文は「カドブンノベル」2020年5月号でお楽しみいただけます!



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July 09, 2020 at 05:03AM
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