こんなときに野球をしていていいのだろうか。震災や豪雨災害、そして新型コロナウイルスの感染拡大……。記者として、疑問に感じる瞬間がたびたびある。
いつも思い出すのは貝原俊民・元兵庫県知事(故人)の言葉だ。1995年1月に発生した阪神・淡路大震災からわずか2カ月後、被害が大きかった兵庫県西宮市にある阪神甲子園球場で選抜高校野球大会が開催された。事前に相談に訪れた牧野直隆・日本高校野球連盟会長(故人)に、貝原さんはこう語ったという。
「桜の花が咲く頃には、被災地にも、明るいニュースが必要でしょう」
2011年3月の東日本大震災直後、福島で取材した。避難所から練習や試合に球児を送ってきた家族の言葉も忘れられない。
「毎日が大変だし、先も見えないけど、車で子どもたちを送ってきて、野球を見るのが楽しみなんだ。震災前の日常が、ちょっとだけ戻ってきたようで、うれしいんだよ」
球児にとって野球をすることは学校生活の一部であり、その姿を見て応援することが家族や高校野球ファンにとっては大切な日常なのだ。
第94回選抜大会は18日が雨天順延となり、19日に開幕する。今年もコロナ禍での開催となり、17日には京都国際に複数の感染者が出たとして出場辞退を余儀なくされた。その前日には、福島県沖で震度6強の地震が発生した。
ウクライナでは、ロシアによる軍事侵攻が続いている。民間人への攻撃も相次ぎ、避難所になっている劇場が空爆で大破したという。
今年8月で「98歳」になる阪神甲子園球場にも、悲しい歴史がある。戦時中は球児を迎えることができず、グラウンドは芋畑になった。空爆も受け、戦後は連合国軍総司令部(GHQ)に接収された。だから、終戦1年後の46年8月15日、6年ぶりに復活した夏の中等学校優勝大会(現在の選手権大会)は、西宮球場を使用している。
接収が解除され、甲子園球場に球児が戻ってきたのは、翌47年3月30日。春の選抜大会が6年ぶりに復活した日だ。以来、春夏の甲子園大会は「平和のシンボル」という役割も果たしながら歴史を刻んできた。8月15日の正午には甲子園球場で黙祷(もくとう)が捧げられている。
暗いニュースが続く今だからこそ、球児がプレーする意義はきっとある。彼らの姿が、平和へのメッセージにもなるはずだ。(編集委員)
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